先ずはビールをお願いします。

先ずはビールをお願いします。

また行ってみたい富山・立山


トロッコ列車


駅のコンコースで見かけた秋の黒部峡谷の観光ポスター




秋の紅葉の時期


【出典:富山観光ナビH.Pヨリ】

観光人気の黒部峡谷鉄道のトロッコ電車

もともと電源開発の為の専用鉄道から発した鉄道路線だそうです


トロッコ列車(トロッコれっしゃ)は、車体の上半分が外気に開放された車両に旅客が乗車することができる観光列車の通称である。なお、トロッコとは、土砂や鉱石を運搬するための簡易な貨車のことである。

wikipediaヨリ


乗ったことありますトロッコ電車

同じ富山県内で

ただし黒部峡谷鉄道のような観光用のじゃありません

ガッツリ工事用のトロッコでした

立山砂防トロッコ!



もう25年ぐらい前の事ですけど(笑)




トロッコと聞いて思い出すのが仕事の間、毎日乗っていたこの立山砂防トロッコと当時1週間ほどの出張工事で滞在していた立山や富山での事

いろいろ貴重な体験をさせていただきました

四半世紀前の事なのに今だに当時の事を覚えているんだからよっぽどだったのだろう

今では新幹線も開通して行きやすくなった富山県

機会があったらまた行ってみたい所です


立山にて


立山砂防ダム


元請けは何年前かの記事にも書いた新幹線のトンネル内での携帯電話通話品質向上工事と同じ某大手電子電機機器メーカー

さすが大手企業で時はバブル名残り

工事先は富山県にある立山町

1日3食と宿付おまけに現地まで送迎ありで作業費1日8万円と今では考えられない破格待遇

建設省管轄の立山砂防内でのインフラ工事でした


立山砂防

飛越地震の後、土砂流出災害が度重なったため、富山県は1906年(明治39年)、国庫補助を受けて白岩砂防ダムより上流の砂防工事に着手した。しかし、この白岩砂防ダムも、1919年(大正8年)、1922年(大正11年)と続けて破壊されてしまった。そのため、富山県だけで本事業を行うのが困難となり、1926年(大正15年)、国直轄の事業に変更となった。

その後、1931年(昭和6年)に千寿ヶ原~白岩間の砂防工事用トロッコ軌道(国土交通省立山砂防工事専用軌道)が開通し、資材輸送ルートが完成。1937年(昭和12年)には日本一の貯砂量をもつ本宮砂防ダム(国の登録有形文化財に登録)が完成。1939年(昭和14年)には10年の歳月をかけた白岩堰堤(国の重要文化財指定)が完成。7基の副ダムの複合体としてのダムとして、高さ63 m, 落差108 mの規模は、ともに日本一の高さである。本砂防事業内だけで2つの日本一を有している稀な事業となっている。その他、カルデラ内外に数多くの砂防ダムを築き、富山平野への土砂流出を防いでいる。

現在でも、流出すれば富山平野が1 - 2メートルは埋没してしまうといわれるほどの大量の土砂(約2億 m3, 黒部ダムの総貯水量約2億トンとほぼ同じ量)が立山カルデラに残っている。そのため、流出防止のため大規模な砂防工事が、白岩砂防ダム含め今日においても毎年約50億円の予算をかけ行われている。ただし、冬期は20メートルほど積雪があるので、雪害を防ぐため、工事は4月~10月しか行うことができない。11月~4月の間は工事を中止し、現地工事事務所の建物のほとんど、砂防工事用トロッコの橋脚を撤去している。

その工期は無期限と現在では考えられている。原因は、火山灰が大量に堆積し生成された土砂の地質のため、砂防ダムを建設しても「土砂の上にコンクリートのダムを造っている」ような大自然から考えると脆弱なものであり、完全に流出防止させることはその土砂の堆積量からも不可能とされているためである(強固な岩盤地質はカルデラ周辺部に露出した柱状節理があるが、カルデラ内では分厚い堆積物の下にあり、ないに等しい)。工事中および休止中でも立山カルデラの様子は24時間態勢でカルデラ内各所に設置された監視カメラで監視されており、不意の事態の場合には、山道を使っての避難やヘリコプターによる避難の態勢が取られている。10 km以上離れた立山駅周辺においても、カルデラ砂防博物館屋上からヘリコプターで避難できるようになっている。そのため、立山カルデラの砂防工事は世界的にも有名になっている。

wikipediaヨリ



立山砂防内では工事用に立山砂防トロッコっていうのが走ってまして連絡所と呼ばれる駅のようなのがあるんです

その連絡所や付近工事施設へ情報コンセントや電源コンセントを設置する工事と、のちの情報通信網構築に伴う現場調査という内容の工事作業

って言っても大がかりな工事じゃありません

当時20代前半のオレと手元と退屈しのぎの為に会社から連れてけと一緒に行った20歳のヤツとの二人で事足りましたから

おまけに若い2人です

半分以上旅行気分!遊び気分でしたね

人生初の富山県へ


朝の6時に車で出発して立山に着いたのはお昼を楽に回った頃でした

さすが大手企業の社員の方の運転による送迎はこまめな休憩や法定速度走行の安全運転

現在とは道路事情も違うので走行ルートも違いましたが6時間近くの車移動

当時の若者2人には乗ってるだけの道中は長く退屈で「運転代わりましょうか?」なんて言ったって若造の運転には身の危険を感じるのかやんわり断られ

走行距離に比例するかのように走行速度は減少しだし同乗がストレスに

仕方ないから車内に流れるNHKのラジオを子守唄に2人揃ってウトウトさせてもらいその後は当然爆睡へ

起きた時にはすでに現地到着立山でした


到着し車から降りてびっくり!

立山の地は軽く別世界だったのを記憶してます

神奈川とは空気が違うんです

立山黒部アルペンルートの玄関口とも言われてる立山駅周辺

10月頃だったと思うんですがエスキモーの様な服きた人達が道を歩いていたんです

フードに顔を覆うモコモコの毛が付いてるヤツ

一緒にいた若いやつは家の近所よろしく私服は今で言う半パン姿というラフな格好で来ちゃってまして2日目にはさすがに寒いと家に電話して長いやつを宿まで送るように頼んでましたわ(笑)

北陸の地は関東とは気温が違いました


到着は午後回ってましたし初日は時間的に作業はできないので打ち合わせのみで終了

立山駅近くの建設省立山砂防工事事務所で打合せ

事務所敷地内には資料館とかありましておまけで見学させてもらっちゃいました

現在では立山カルデラ砂防博物館になっているそうで砂防工事事務所よりメインになっているみたいです

この時の打合せで初めてこれから乗ることになるトロッコとも対面

それが立山砂防トロッコです

カルデラ内の移動は工事用トロッコを必要としトロッコには運行ダイヤが存在し原則ダイヤ通りの運行の為、定時を基本とし乗り遅れ等は一切認められずうんたらかんたら説明等をうけました

工事的には翌朝の7時に集合との事でしたのでそのまま宿へ

宿は同じく駅付近砂防工事事務所そばの宿へと

すべて立山駅周辺にあり移動は徒歩で事足りるといった利便性の良さでした

…が駅周辺にはコンビニもなく居酒屋もなくて仕事の利便性はよかったのだが若かった2人には周辺の環境に初日はガッカリしちゃいました

宿でびっくり


ただね当時1週間ほど宿泊してお世話になった宿は良かったです

ホテルじゃなくて宿なのが良かった

畳敷きの和室の部屋はそのままゴロゴロ寝そべる事もできたし若い2人には和室での宿泊は修学旅行以来で楽しかった

しかも2人泊まりだったのですが元請けの宿の手配が良かったのか2人には十分広く部屋に置いてあるお茶とか菓子もとても美味しかったのを記憶してます

何しろ毎日食べる食事がとてもうまかった

特にご飯!

白飯がめちゃくちゃうまかったのを記憶してます

今でもそうなのかわかりませんが泊まって1番びっくりしたのは部屋に冷蔵庫がなかった事

宿内や外で買った缶ビールや飲料水を部屋で保管しようと思ったら部屋に冷蔵庫がなかったのです

そしてその旨を宿の人に聞いたら1言

「窓の外にフックが付いてるから袋に入れて引っ掛けておけば冷えるわよ」と

言われたとおり窓を開けてみると確かに窓の外枠下にフックが付いてまして半信半疑で袋に入れて言われたとおりぶら下げてみたらこれが確かにぬるくならないんです

一晩で飲んじゃうぐらいの数本なら確かに事足りて十分なのに驚き宿から友達に電話しまくったのを覚えてます

風呂も大浴場で気持ちよく当時住んでたマンションと全く違う環境を楽しむには十分な1週間でした


そんな当時泊まってお世話になった宿は今でもあります

現在ではリニューアルされてるそうですけど


立山砂防トロッコ


世界でも有数のトロッコ列車


翌日からはいざ仕事開始

朝の7時に集合して砂防トロッコに乗って1番上に位置する水谷連絡所というところからのスタート

この道中がキツイ事

ほぼ垂直のシートとは言えないイスにヘルメット着用で腰掛け延々2時間近くトロッコ乗車なんですおまけに禁煙

トロッコですから速度は遅く途中の連絡所に寄ってトイレに行こうとも列車は待っててはくれませんからトイレにも寄れず終点の連絡所を目指すのみ

そしてコチラの立山砂防トロッコは世界でも有数な多段スイッチバックのトロッコなのでした

スイッチバックの電車なんて箱根登山鉄道ぐらいでしか乗ったことなかったからびっくり!


スイッチバック(英語: switchback)とは、険しい斜面を登坂・降坂するため、ある方向から概ね反対方向へと鋭角的に進行方向を転換するジグザグに敷かれた道路又は鉄道線路である[1][2][3]。またそうしたスイッチバック設備(道路、鉄道線路)を走行する運転行為をスイッチバックと呼ぶことがある。さらに、勾配であるかどうかにかかわらず、分岐器を設けて二つの線路を接続し、列車をその接続点で折り返し運転するために設けられた駅や信号場をスイッチバック式停車場(スイッチバック駅/信号場)と呼ぶことがある[4]。Switchback stationの類語として折り返し駅 (reversing station) があるが、折り返し駅 (reversing station) の場合は「列車が継続して先に進むために敷設された、進行方向を反転しなければならない場所」を指す[5]。

wikipediaヨリ



それも9ヶ所42段スイッチバック

前日の打合せで建設省の人が語ってましたわ

ガタガタガタガタと前進して上ったと思ったら今度は後方にガタガタガタガタと上って行くんです

途中ではオイオイオイってぐらい繰り返す連続スイッチバック箇所もあり

前進でガタガタガタガタ後進でガタガタガタガタ再び前進でガタガタガタガタさらに後進でガタガタガタガタを何十回と繰り返しながら上がっていくんです

18連続スイッチバックという立山砂防トロッコの醍醐味のカ所です

スゲー所上がって行く雰囲気が伝わってくる感じでもう帰れないんじゃないかと思うぐらい

さらに運行中には山中に響き渡るようにサイレンがなりしばらくするとズドーンと爆発音が…

ダイナマイトです

発破で爆破しているんですね

TV以外で初めて見ましたダイナマイトの爆発!

もう全てが初体験!!!


そんな道中を慣れないトロッコに乗って2時間近く

連絡所に着いた時点でくたびれモードになってました

ですが工事事務所に戻る最終トロッコの時刻は17時ピッタリが予定時刻

それまでに作業終わらせてトロッコを待ってないと乗り遅れでもしたら大変

連絡所に置いていかれて寒い山中そういう時の為にあるらしい連絡所の中の簡易宿泊部屋みたいな所で朝まで過ごさなくてはいけなくなってしまうんです

到着後ちょっと確認でその場所を覗いてみましたが

とてもじゃないが夜をやり過ごせる雰囲気じゃありません!

出そうな雰囲気バンバンでしたから・・

なので飯も食わずにバタバタで終わらせた記憶が残ってます

…が

この後3日目ぐらいになって慣れた後は別の連絡所で調子こいてやってしまい終電を逃すハメに

泊まってたまるかとジグザグにスイッチバックして下ってくトロッコを追いかけ山をまっすぐ下って次の連絡所まで猛ダッシュした思い出もあります(笑)

今なら体力不足でしょうけどね

ちなみに地元富山のチューリップTVの取材班や見学者の人達と乗り合わせた事もありまして取材も受けました

もし取材テープが残っているならそこには若かりし頃のオレが映ってますから

     

富山にて


富山では飲み食い


立山砂防ダムでの仕事

遅くても19時にはすでに山から下ってきてます

早い時は17時とかね

3日も過ぎると宿で過ごしてるのもヒマになりだし

富山と言えば炉端焼きとばかりに富山駅まで電車で飲みにも行きました

車で来たしおまけに寝てたからわかりませんでしたが立山駅から富山駅までも距離あるんですね

電車で1時間以上かかりましたから富山駅まで

立山と比べたりゃそりゃもう富山は都会でした

お店もたくさん

二人でふらっと炉端焼きと書かれたお店に入ったのを覚えてます

店の名前は覚えてませんが食べた「フクラギ」だけは覚えてます

店の人に何がオススメか訪ねたら

今日はいい「フクラギ」あるよって出してもらったんですけど

「フクラギ」って聞いた時には頭の上に?ハテナマークでました

ふくらはぎじゃなくて…と再び訪ねちゃいましたから

「お兄さん地元の人じゃないね」と親切に教えてもらったのを覚えてます

ブリの幼魚でイナダやハマチと同じ魚をコチラでは「フクラギ」と呼ぶんだそうです

ひとつ覚えさせていただきました

それをしゃぶしゃぶとお刺身でいただきましたがとても美味しかったです

とにかく空気がいいのか雰囲気がいいのか食材がいいのか

何食って飲んでもうまいこと

他にも煮物やおでん等々も美味しくて日本酒までいってしまい二人で飲み食いしまくり気づけば0時近く

そろそろ終電やばいよと駅に向かってびっくり!

駅前が閑散としてるのです

時刻表見てさらに衝撃!

立山行きの最終電車はとっくの父ちゃん

21時頃に終了していたのです



二人揃って出た言葉

ありえね~

まさかそんな早い時間に終電を迎えるなんて思ってもみませんでした

電車で1時間以上かかって来たんです

とてもじゃないが歩いてなんて帰れない

かなりの飲み食いで残金財布に10000円

一緒のヤツは残金ゼロ近く

二人合わせて一万円です

ゲゲゲのゲ

今のようにコンビニでなんてお金おろせません

キャッシュコーナーもありません

土地勘も距離感もわかりませんが一万円あれば何とかかと駅前に停まってたタクシーに乗り立山駅までお願いしました




タクシー運転手さんありがとう


話し好きの運転手さんで道中ずーっと会話

話しネタもなかったので神奈川から来てさっきまでの事をずーっと話してました

地元出身の50代ぐらいの人の良さそうな人でした

会話をしながらでも料金が8000円を超えたあたりからは窓の外と料金メーターが気になって仕方なかったです

真っ暗い山の道路を進むタクシー

暗闇しか見えない窓の外はマジで洒落になってません

ちなみにもう一人の若者は横で乗って数分すでに夢の中です

やがて9000円を超えた頃には覚悟して

「財布に一万円しかないから一万円になった所で停めてちょうだい」と告げると

「こんなとこで降りたって何にもないよ立山駅までまだまだ、歩いたって結構あるから」とのご返答

「いやいやお金払えないから」「宿戻ったって知り合いいないしホントに金ないんだから」「一万円で辿り着けると思ったら甘かったよ」「とりあえず一万円分のとこまでこれただけ近づいたからいいや停めちゃってよ」

・・・と内心では後どんだけ暗がりの山の中歩けば立山駅に着くのかと思いながら告げるとやがて運転手さんは無言に

そして料金メーターは一万円近くを表示する

「あっこの辺でいいよ」と告げると

運転手さんはメーターをピッと止めてくれましたが車は停まる気配なし

「地元じゃない人間をこんな所で降ろしたって気になってしょうがねえよ」「車なら後もう少しだから送ってくよ」「オレからのサービスだ!」「明日も砂防ダムの仕事なんだろ?歩いてたら朝になっちゃうぜ」とメーターを止めたまま立山駅まで乗せてくれたのです

(T_T)

いい人ですよね料金足りない上にその後カラ走りして戻らなきゃいけないのに

今でもこの道中での事とまわりの暗い景色は覚えております

「ありがとうございます」と言うと笑いながら「オレの運が悪かったんだな」と再び会話しだしてくれて立山駅までの間中今度は運転手さんの歴史を聞く事に

この運転手さんのおかげで残金一万円で無事に立山駅までつく事ができました

ありがたかったです本当に

ただ事の始終を知らずに寝ていた隣のヤツをホントは再び富山まで乗せ帰ってもらいたかったのだが

こちとら金の足りない身分で送ってもらった人間

脳天に拳一発叩き込んで起こし

お礼言わせて宿へと戻りました

宿に戻って気が抜けたのか酒が今頃効いたのか

翌日は二人揃って寝坊で遅刻

若いってどうしょうもなかったです

ただね元請けの人は一度引き上げ最終日まで居ないのと時間の規定があったわけじゃないから遅刻とも思われず

作業も上からどんどん下の連絡所へと下りてきてましたから遅め発車のトロッコでも時間的に間に合ったのはラッキーでした


全部で1週間ほど立山に滞在してトロッコにも環境にも慣れた頃仕事終了で立山の地を後にしましたがその時の事は25年経った今でも書いたらきりないぐらい思い出せるほどいろいろ貴重な経験をさせてもらいました

仕事でもなければすんなり砂防トロッコに乗ることはできませんがあのスイッチバックしまくりで上がっていったトロッコにはもう一度乗ってみたいですね

滞在中目にしてた立山黒部アルペンルートって言うのも今思えばせっかくの機会だったから体験しておけばよかったし

当時は立山黒部アルペンルートってどんなものかも知りませんでしたからね

てっきりケーブルカーで上まで行って後は山を歩いて行くルートだと思ってましたから

立山黒部アルペンルート


実際は黒部ダムの建設に利用されてたトンネルや区間を利用してできた富山県の立山駅から長野県の扇沢駅までの直線25Km高低差1975mを結ぶ交通路だそうです


【出典:立山黒部貫行㈱立山黒部アルペンルートH.P.ヨリ】


立山ケーブルカー


【出典:wikipediaヨリ】


立山高原バス


【出典:立山黒部貫行㈱立山黒部アルペンルートH.P.ヨリ】


立山トンネルトロリーバス


【出典:wikipediaヨリ】


立山ロープウェイ


【出典:wikipediaヨリ】


黒部ケーブルカー


【出典:wikipediaヨリ】


関電トンネルトロリーバス


【出典:wikipediaヨリ】

これらの交通手段があるのが立山黒部アルペンルートだそうです

中でもトロリーバスは車体に付いたトロリーポールと呼ばれるパンタグラフの様な物で架線からの電気供給によって動くバスで現在の日本で走っているのはここだけだという

尚、黒部ダム駅と扇沢駅とを結ぶ関電トンネルトロリーバスは2019年に廃止されるのが確定しておりその後は電気バスに替わるとか


ちなみに記事のきっかけとなった黒部峡谷鉄道のトロッコ電車は黒部川の電源開発の為の資材運搬用トロッコが発端になるそう

コチラは立山砂防トロッコとは違い観光主体になってますので普通に乗る事ができます

電鉄富山駅から出ている富山地方鉄道本線終着駅である宇奈月温泉駅のお隣りの宇奈月駅から発車していて砂防トロッコと同じ富山県内にありますが黒部市です

立山とはちょっと離れていますが立山黒部アルペンルート共々人気あるみたいです

食べ物は美味しいし空気もいい

思い出してついだらだら書いちゃいましたが

観光でも仕事でもいいから年くった今再び行ってみたいですわ



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